いじめ、保健室登校…”毎日泣いていた”池田エライザさんの子ども時代を探る。

モデルや女優、歌手、さらに映画監督まで、マルチにこなす今大人気の、池田エライザさん。先日、小学校の頃のいじめや保健室登校などをしていた過去をテレビ番組内で明かしたことが、大変話題になっていますね。

以前から人間的な深い魅力があるなと感じていたエライザさんだけに、彼女がどんな子ども時代、幼少期を過ごしてきたのか、また当時を振り返り、どんな想いを持っているのかなど大変気になったので、今回調べてみることにしました。

小学校時代は、いじめ、保健室登校…. “毎日泣いていた”。

「学校は行ってはいたけど、保健室に行ったりして寝たりさぼったりしてました」

2022年1月26日放送のフジテレビ系「突然ですが占ってもいいですか?」で、池田エライザさんは、小学校時代のいじめや、学校に行きたくなくて保健室に通っていた過去を語っていました。

「学校は行ってはいたけど、保健室に行ったりして寝たりさぼったりしてました」と話し、「いじめの漫画がはやって、いじめがはやっていて、フィリピンのハーフで名前もいじりやすかったし」と自身の過去を明かした。(出典:yahoo

「毎日泣いていた」

エライザさんが福岡県の小学校に通っていいた小学校2〜3年の頃は、毎日泣いていたことも明かしています。

福岡県に住んでいた小学校2、3年のころは「学校行ってはいたけど保健室に行ったりしてました。寝たりサボったり」と告白。占い師の星ひとみさんから「毎日泣いていた」と指摘されると、「うん、うん」とうなずいた。(出典:yahoo

いじめが流行!? いじめのターゲットにされていた。

当時、その学校でいじめの漫画が流行り、いじめのターゲットにされていたことも明かしています。日本人のお父さん、スペイン系フィリピン人の母をもつエライザさんは、ハーフの容姿やエライザという珍しい名前もいじりやすいいじめの対象になってしまっていたようです。

みんなと違う異質をターゲットにして省いていくような風習が、日本の文化や学校に、まだまだ深く根付いていますよね。特に外見や境遇、名前など、本人がどうすることもできないことでいじられてしまうのは、彼女も当時どうることもできず、辛かったことでしょう…。

当時、「すごく学校全体が不安定で、いじめのマンガが流行って、いじめが流行って」と学校全体でいじめのある環境だったという。父はギタリストの日本人、母はモデルをしていたスペイン系フィリピン人という池田。「ハーフも少なかったし、名前もいじりやすい名前だったし」とターゲットにされたことを明かした。(出典:yahoo

「ちっちゃい時の家庭環境がぐちゃぐちゃとしてた」

エライザさんは、「ちっちゃい時の家庭環境がぐちゃぐちゃとしてたので」とも語っていました。どのように「ぐちゃぐちゃ」していたかは具体的に明かしてはいませんが、番組内で泣きそうになっている様子からも、幼い時の家庭環境の中でも辛い想いをしてきた過去があったのでしょうか…。

そんな自分の幼少期からの辛い時を乗り越えてきた今の彼女だからこそ、“自分が誰かの支えになれれば”という「誰か」のための想いは人一倍強いものを抱えているのかもしれません。

「ちっちゃい時の家庭環境がぐちゃぐちゃとしてたので。というところから、でも“もしかしたら芸能界で何かできるかもな“って。“自分が誰かの支えになれればいいのに”って働いてても…」と続けると、突然「泣きそうになっちゃう」と目頭を押さえた。(出典:サンスポ

「学生たちが閉鎖的な環境で傷つけあったりしているのを見ると、この子たちに届かなくて何の意味があるんだろうかって…」

そんな心優しいエライザさん、世間で起きる子どもたちの悲しい事件のニュースなどにも心を痛め、涙を流し心のうちを語っいます。彼女の日々の活動の中に、彼女なりの幼少期から大切に募らせてきた、同じように困っている誰かへの優しい眼差し、想いが込められているんだなと、感じました。

涙を流しながら「ニュースとかで学生たちが閉鎖的な環境で傷つけあったりしているのを見ると、この子たちに届かなくて何の意味があるんだろうかってすごい思っちゃいますね。自分の境遇がそうだったので、親がいない役とか施設育ちの役とかくるもんで、不思議と」と溢れる思いを語っていた。(出典:サンスポ

人とのコミュニケーションが苦手だった子ども時代。

「どうしてもコミュニケーションがうまくいかなくて、保健室にいた時があった」

お友達とのコミュニケーションがうまくいかなくて、落ち込んで保健室にいた時もあったエライザさんですが、そんな時に支えだったが、逃げ出してきた教室と、保健室をつないでくれる、理解ある先生の存在だったようです。

落ち込み心配するエライザさんの気持ちに寄り添って、たくさん耳を傾けて話をきいてくれたり、その気持ちを代弁して他の生徒たちに伝えてくれたりしていた先生がいたことで、当時の彼女にとって支えになったエピソードも明かしています。

やはり、1人でもそばで理解してくれる人がいることで、強くなれますよね。エライザさんにとって、その先生の存在はとても大きなものだったように感じます。

「どうしてもコミュニケーションがうまくいかなくて、保健室にいた時があったんです。親に心配かけちゃうから、すぐ教室に戻らなきゃと思うんだけど、気持ちは沈んだまま。そんなときに、教室と保健室をつないでくれる先生がいたんです。おうちと学校では環境が違うし、私もハーフなので幼少のときは文化の違いがかなりあったので、先生はたくさん私に耳を傾けてくれて、私の気持ちを噛み砕いて他の生徒たちに伝えてくれました」 (出典:マイナビニュース) 

「友達とフランクに仲良くなれない自分がいたんです」

池田エライザさんが、フジテレビのドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」のナレーションに挑戦した時のインタビューでは、そのドキュメンタリーで描かれる少女と自分を重ね合わせ、「私自身も子供のとき、友達とフランクに仲良くなれない自分がいた」と、人とのコミュニケーションが苦手だった子ども時代の過去を語っています。

「自分の中でコミュニケーションを重く捉えてしまって、その場で最適な言葉がいつも分からなくて、ウジウジしちゃっていた」 とも語っています。

人と話したくても、なかなか言葉がでてこなくて、結局何も話せなくてただウジウジしてしまう…本当は話したいのに話せなくて、一番辛いのは、その本人なのですよね。

「私自身も子供のとき、友達とフランクに仲良くなれない自分がいたんです」という池田。「ハーフだからということとは違くて、自分の中でコミュニケーションを重く捉えてしまって、その場で最適な言葉がいつも分からなくて、ウジウジしちゃっていたんです」と振り返る。(出典:マイナビニュース) 

辛い過去を乗り越えた自分に感謝し、愛しむエライザさんからのメッセージは?

「挫折をしないでいてくれた過去の自分のおかげで今がある」

2022年1月21日公開の映画『真夜中乙女戦争』の公開直前イベントでは、「青春時代の足掻きはその後に人生でどう生かされていくか」という質問に対して、「今の自分がいるのは、周りの方のおかげもあるけれど、挫折をしないでいてくれた過去の自分のおかげで今がある。過去に立ち返る時間が自分にとって大切なものになると思います」と語っていました。

辛い状況の中でも挫折をしなかった自分への感謝を感じられるって、とっても素敵ですね!辛い苦しい時期もそれを乗り越えてきたら、その先にこんなふうに過去の自分を暖かく受け入れ振り返る時間がくるのだということが、伝わります。

池田は「今の自分がいるのは、周りの方のおかげもあるけれど、挫折をしないでいてくれた過去の自分のおかげで今がある。過去に立ち返る時間が自分にとって大切なものになると思います」とした。(出典:エンタメRBB

「人との出会いがあるからこそお互いに切磋琢磨できたり、幸せを感じることができたりするはず」

映画『真夜中乙女戦争』のインタビューの中で、池田エライザさんは、平凡で退屈な日々を送る無気力さ、鬱屈とした想い、そして破壊衝動を内に秘めているその主人公に対して、「“私”そのものだった」と語り、その青年と自分を重ね合わせて想いを語っていました。

その言葉からも、辛い現実の中でも、人との関わりや希望を見出して生きていこうとする、彼女の本当の意味での力強さを感じますね。

「ニュースを見ていても、まともな気持ちでいたらつらい気持ちになってしまう事件や事故も多い。生きることや外に出ることが怖くなってしまうようなニュースもあります」と打ち明けつつ、「だからといってスイッチを切って、人と関わることをやめてしまったら人生の醍醐味を感じることができない。人との出会いがあるからこそお互いに切磋琢磨できたり、幸せを感じることができたりするはず。本作の“私”も“諦めたほうが楽だ”と絶望しそうになっているけれど、人との出会いを通して変貌していく。その姿にもとても共感ができました」と語る。(出典:dwango.jp) 

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